東京地方裁判所 昭和28年(ワ)2450号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕被告はもと訴外鬼頭暉雄から本件家屋を医院として使用する目的で賃借し、その承諾を得て本件家屋を医院とするに適当な模様替をし、同時に本件家屋に附合して、その西側に約半坪余の患者専用便所を増築した。原告は昭和一六年二月一八日右鬼頭から本件家屋を買い受け、賃貸借関係を承継したが、昭和二五年七月一一日の地代家賃統制令の改正により、本件家屋中被告が医院として事業用に使用している部分が一〇坪以上あるから家賃の統制が解かれたとして、昭和二六年八月二八日賃料を一カ月一万円に値上の要求をしたところ、被告はその後間もなく、右便所を取こわし、医院使用部分は九坪九合六勺七才しかないとして、右値上を拒否した。そこで原告は、被告のした便所の取こわしは、模様替、取こわしの必要があるときは貸主の承諾を要する旨の本件賃貸借における特約条項に違反したものであるとし、期間を定めて被告に対し右便所を原状に復することを催告し、かつ期限までに原状回復しないときは賃貸借を解除する旨の意思表示をした。被告はこれに応じなかつたので、原告は右期間の経過とともに本件賃貸借契約が解除されたことその他の事由を挙げて、被告に対し本件家屋の明渡を求めた。
被告は、右便所は独立の構造をもつた独立の不動産とみるべきであり、またそれは、家主の承諾のもとに権原により本件家屋に附属させたのであつて、所有権は被告に留保され、取こわしは被告の自由になしうることであるから、その再建義務あることを前提とする本件契約解除の効力は生じないと争う。
判決は、以上の点につき次のような判断を示して、結局原告の請求を容れた。
「......によれば、患者専用便所は本件家屋の柱を利用し新たに三本の柱をたてて築造した、半坪のとたん葺さしかけ屋根の便所であり、手洗(別紙図面(二))から本件家屋に出入りできるようにし、便所と手洗との間には板戸が設けられていたことが認められる。右認定によれば、右便所は独立した建物とみるべきではなく、本件家屋の構成部分となつていると認めるべきであるから、被告が訴外鬼頭の承諾を得て自己の費用で増設した場合においても、本件家屋の所有者である訴外鬼頭の所有に帰したものと解しなければならない。被告は右便所は独立の不動産であると主張し、又被告が権原により附属せしめたものであるから被告の所有に属すると主張するが、いずれも理由がない。そこで、右の場合、増築部分を賃借人が収去することができるかどうかについて考えるに、賃借人が賃貸人(所有者)の承諾なく右のごとき増築をした場合には賃借人は勝手に賃借物の変更を加えたものであるから、これを原状に復する義務があることは勿論であるが、賃貸借終了の際、賃貸人がかえつて原状に復することを欲せず、現状の儘賃借物の返還を求めるときは、右増築部分の所有権も賃貸人に帰属した結果、現状の儘賃借物を賃貸人に返還すべきものと解すべきであるが(尤もこの場合、賃借人は有益費の償還請求権を有するのであろう。)賃借人が賃貸人の承諾を得て「右の如き増築をした場合にも、一旦賃貸人の所有に帰した以上別段の定めのない限り、賃借人は賃貸人の承諾なくして右増築部分を収去することはできず、賃貸借終了の場合は現状の儘返還し、有益費の償還を請求する権利を有するにすぎないものというべきである(ただこの場合賃貸人も増築を承諾した以上原状回復を賃借人に請求できない)。成立に争いのない甲第一号証によれば、本件賃貸借契約においては「賃借建物は現形の儘使用し、賃貸人の承諾を得なければ建物又は造作物を変更しない。」旨の特約があつたことが認められるが、その他別段の定めがなされたことを認める証拠はない。してみると、被告は原告のなした患者用便所の原状回復を求める催告に応ずる義務があり、右催告に応じなかつたことにより、本件賃貸借契約は昭和二十六年十二月八日経過と同時に解除されたものと解すべきである。」